堕落について

 

抑うつや無気力の理解を深める上で、「セリグマンの犬」というものがある。
これは「学習性無力感」を世に示したマーティン・セリグマンによる心理研究であり、その実験概要および「学習性無力感」とは以下のようなものである。

犬を3グループに分け、うちひとつを対照群とする。
残る2グループを身動きの取れないようハンモックに吊るし、(不快な)電気刺激を何度も与えて学習させる。その際、前者のグループは頭部に据えられたボタンを押せば電気刺激を停止させられる一方、後者はボタンを押しても電気刺激を停止させられないよう設定した。
その後、両者の実験室に柵を設けて犬の区画にのみ電気刺激を与えることで、 “ 柵を飛び越えさえすれば電気刺激を回避できる環境 ” を作り出した。その結果、前者のグループは対照群と同様に柵を飛び越え回避した一方で、後者のグループは柵を飛び越えずに耐え続ける姿勢を取り続けた。

この結果から、避けようのないストレスに長時間曝され続けると、「努力が無意味であること」を学習し、不快な状況を回避する努力さえ行わなくなることが示唆された。
これを「学習性無力感」という。

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最近の暮らしは本当にひどい。雲に隠れて見えない階を前に、心がぽっきり折れてしまっている。していることと言えば書くことくらいだが、それすらもままならず、悶々と過ごしながら凝固した確かなものを辛うじて書き残しているだけで、複雑なままの純粋な感覚に向き合う気力は失くしてしまった。美しい色彩は曖昧なところに紛れているとは感じつつも、こぼれて消えてゆく日々を呆然と眺めてばっかりだ。自らの怠惰を諫めるだけで尻に火がついてくれればいいのだが、その燃料さえ灰になってしまって、気力がなければ希望もない。「おれは遺書を書くんだ」と突っ走っていた昨年までの勢いは衰えて、何か成し得る予兆も感じられないまま、まったく惰性のような毎日が過ぎている。朧気ながらも長期的な構想が以前はあったが、今はその構想も折れてしまって、船外活動中の宇宙飛行士が切り離されたような、吹雪の止んだ雪山にぽつねんと取り残されてしまったような、どこへ向かえばいいのかわからないまま氷の地底を融かし続けているような。底なしの地面に、定職に就いていないこの状況はさすがにまずいと、なんとか這い上がろうと藻掻こうとはするのだが、いくら旺盛に望んでもどうにもしようがないのだ。世界が褪せていては、どんなに自分を焚き付けたところで、動機がない。暮らしを立て直そうとしてみても、あるのは楽しさではなく自己嫌悪からの逃避であるから、満腹や睡眠と言った仮初めの安堵が得られればたちまち歩を止めうずくまってしまう。やはり楽しさから動き出せない自分は人として何かが欠けているように感じられる。典型的な現実逃避の一型である。
時たま、天より垂らされる蜘蛛の糸もあるにはあるが、自らの過剰なまでの否定によってその糸もすぐに千切れてしまう。さらにはこれまで何度だって千切れて落っこちてきたから、もはや糸を信じることすらできなくなった。
しかしだ。こんな状態で何を言っても堕落した生活を正当化する言い訳にしか感じられないが、しかしそれでも事あるごとに思うのだ。人生において大切なことはそう多くないのではなかろうかと。
自分であること。想いを伝えきること。そして大切な人との時間。これらの他、いったい何が大切だというのだろう。そして、大切な人と出会うには、まずは自分でなければならず、また同時に想いをしっかり表せるようにならなければならない。自らの心を見失い言動と乖離している今の状態では、いつまで経っても虚しいままで何事も始まらないように思うのだ。たとえば歓楽街へ赴き出会う母数を闇雲に増やしたところで、“運命のその人”というのは正直な道を進んだ先にいるのであって、自らを偽る行為はむしろ遠回りになってしまう。などと考えていると、この危うい道以外に方法がないように思われて仕方ない。それがどんなに世間と逆行していることであっても、どんなに端から見れば堕落した生活であっても、「このままではまずい」と自分で思うほどの道であっても、今の自分がすべきことは引き続き心の深くを見つめ、整理し、表すことであって、どこからどう見ても世界が褪せているのなら、その褪せた世界を認めてしまうより他になく、ゆっくりとでもひとつずつ向き合うことでしか、この八方塞がりの世界に希望は見出されないのではないかと思ってしまう。
しかし、ここでやめてしまってはいけないと、向き合うことしか道がないのだと、已むを得ない覚悟で以て固く理解したところで、実際に書けるかどうかは全く別の話で、文才があるわけでも曖昧事象への耐性があるわけでもない私には、時たまこうした確たることは書き記すものの、真に目を向けるべき彩り豊かな曖昧な感覚が、或いは夢が告げ知らせてくる誰かを求める深層心理が、その複雑なるものを書かなければ何事も始まらないというのに、それはまるで雲に隠れて見えない階のように、確かにそちらにあることだけを感じさせつつ、脆弱性と非力さゆえに夢のように消えてゆき、私はただ呆然と、兆しの欠如した今日の寒さに体力を奪われながら、何にもならないことをひとつまたひとつと、彗星のような堕落の獣道を形成するばっかりだ。褪せたままに氷は融けて、風景は同じことの繰り返しで。

26.2.22

 

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