つまり要は、振られたのだ。あなたと一緒にはいられないと。
くり貫かれてきた今日までの心痛と、今なお空疎にぬるみ切った外気から、この心は、あの心は紛れもなく恋であったと、そんな今更気づいて何になろう。
当時の私は(あの人も恐らくは)、人と人との偽り合いにほとほと疲れ果てており、気休めの愛の告白は互いを孤独にさせるばかりであった。ならばとあの日、私はただ知ってほしかったのだ。あなたの美学は私にも美しいし、たびたび零す寂しさもちゃんと私にわかるのだと。それが星明りを追う卑しい心であったとしても、ああする他に私は正しさを知らなかったから…………しかし私は弁明の余地もないほど独り善がりで、ばかりか自らの心からも逸脱していた。
あの日も、不安や臆病や薄汚い心の一切を、今後をかけて伝えられたならと、さすれば暗に(だからあなたと一緒にいたいのです)と、だってそうでなければどうしてわざわざあんな馬鹿正直に……私は自由の次くらいにあなたを求めていたし、あなたも自由の次くらいに安らぎを求めていたなら、あなたに寄せる想いがその和やかなる手触りのままにあなたの感官へと届いてくれさえしたならば、私らはごく自然にごく当たり前に何の束縛もなく伴にいられるのだと…………しかしああ、あの日、私にとっては心のすべてを伝える一環に過ぎなかったあの日、脈絡もない私の冷酷に対するあの人の至極当然の疑念に、即座に訂正できるだけの理解も言葉も覚悟もすべてが私には欠けており、またああする他に私は行く道を知らなかったから、あの人の青ざめてゆく顔にどこか観念して、まず自らの防衛に走ったのだ。
まことノロマで幼稚な私の心には、あの目瞬きのようでいて夢のように濃密なひと梅雨の間に、況して伝えるに至るなどできようはずもなく、赤ん坊の目に広がる鮮やかに混清とした嵐の中を、猶もせめて打たれるに任せばよいものを、予てよりのつまらぬ正しさを盲信的に握りしめ、人の道を外れ自らの道も外れ、私は自らの恋を理解するのに一杯一杯であった。ああしかしこれが恋というものかと気づいたところで何になろう。それが仮にもできたとして、本当に、本当に、何になろう。
つまり要は捨てられたのだ、あなたといてもつまらないと。

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